昔の丹波篠山 大正時代初期の池富外観 

query_builder 2026/09/17
宿泊観光
20260915-2206 (002) 池富 外観 大正時代

今回は意外と好評な池富こぼれ話続編です


安政年間 料理屋を営んでおりました池田屋の旅籠部門として分離独立致しましたのが、

東池田屋でございます。初代は池田屋の大番頭でありました、林 富三郎。

永らく東池田屋と名乗っておりましたが、「紛らわしい」と不評で、初代の富三郎と

屋号である池田屋から一文字づつとりまして池富と改め、現在に至ります。余談ですが

度々登場する池田屋と言う屋号 当方は池田市とは何ら関わりが無いのですが、流行っていた(笑)らしいです・・本当は近江湖北の出身です。


 写真からもお分かり頂けますように、改装を控えまして足場板が積まれ、玄関周りの建具等はすでに取り払われているようです。店先で遊ぶ童女は何と私の祖母!生まれが明治44年

でありますから、大正4~5年頃撮影されたと推察致します。

 通りは未舗装砂利道、店の前は用水が流れています。然しながら篠山には明治期より陸軍が駐屯しておりましたので、インフラ整備が進み、電線と当時大変貴重であった電話を所有している事を示す電話番号が看板に記されています。

この写真からは分かりませんが、母屋後方(東側)には二階建ての建物が二棟ございました。二階からお武家様を見下ろすのは無礼であるとされ、多くの商家は通りの奥に二階建を

建築したようです。

 廃藩置県後の衰退期を乗り越え、陸軍特需にも支えられ、西丹波の中心としてこの後繁栄の時代を迎えます。


 ご覧頂きましてありがとうございました。



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料理旅館 池富

住所:兵庫県丹波篠山市立町125番地

電話番号:079-552-0064

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